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京都の命の水、琵琶湖疏水の設計者、田邉(辺)朔郎とそれを命じた正二位男爵枢密顧問官北垣国道が義理の親子 ― 子孫が語る(18)

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北垣国道は、優れた経営リーダーで、乏しい経営資源を集中投入しました。前任者の槇村正直知事は総花的殖産興業政策をとり、その結果、京都府営事業が数多くできていました。北垣国道はそれらをすべて民間に払い下げて身軽になりました。そして琵琶湖疏水に集中しました。

―― 総工費125万円どのくらい価値のある金額だったのでしょうか。その当時の国家予算が7000万円だったそうですから、2%弱です。これを京都市民が負担したのですから、大変なものでした。

―― たとえて言えば、上越新幹線を受益者の新潟県だけで、あるいは瀬戸大橋を受益者の香川県だけで政府の反対を押して建設したようなものでした。しかも技術的見通しのない時代に。

「日本人は安全と水は只と思っている」
 と、言われています。

 ―― しかし京都の人々は自分たちの金で水を確保しました。今、京都市には深刻な水不足の心配はありません。巨大な水がめ、琵琶湖疏水があるからです。

 次ブログへつづきます。

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