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田辺太一蓮舟のつぶやき 翁の著書:幕末外交談(史)から(4-10)

前ブログからつづく。

田邉太一はつぶやく。
<薩長の廃仏毀釈を怒る>
天皇の利用が昂じて、神道を尊ぶがあまり、仏教を弾圧した。神道を尊ぶことはよい。しかし仏教を廃する必要はない。特に薩摩がひどい。徹底的に寺を破壊した。伊勢神宮のお膝元、三重県もひどかった。古来の土着宗教を仏教で補強して国の形ができていたのだ。それを壊した。寺家、公家、武家の内、寺家を抹殺した。廃仏毀釈である。その社会安定に対する罪は大きい。

田邉太一はつぶやく。
<薩摩を許せなかった自分の限界>
従来の姿勢と相反して徹底抗戦を主張した自分を許せなかった。人前に出ることが恥ずかしかった。どの面下げて国家のために働くことができるかという思いだった。それに加えて、薩摩が大嫌いだった。この二つによって、請われて明治政府に外務省へ出仕した後も、「吾不閑焉(吾関せずえん)」と傍観者的態度をとらざるを得なかった。それが自分の限界であった。

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江戸城無血開場に反対した理由。

田邉太一はつぶやく。
<なぜ徹底抗戦を主張したか?>
幕府時代には、職を解かれることを覚悟して、(国を思って)上司に開国を直言した。実際そうやって職をとかれた。こんなに積極的に動いた私が明治になってから「吾不閑焉の態度をとったことをいぶかしく思う人があるだろう。自分でもよく分からないところがある。榎本、大鳥、荒井が誠心誠意薩長政府に協力したのに対して対照的だった。しかしそれしか出来なかった。

田邉太一は更につぶやく。
<無血開城してよかった>
私は心ならずも小栗忠順の路線に沿って、榎本、大鳥、荒井とともに"徹底抗戦"を主張した。徹底抗戦すれば、日本を二分した内戦になる。フランスが支援する東日本対イギリスが支援する西日本だ。戦いが終了した時点で日本民衆は疲弊し、東はフランス植民地、そして西はイギリス植民地、北海道はロシア領、そして後年朝鮮半島もロシア領となった筈だ。

次のブログにつづく。

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